横断歩道は止まります

私の妻が、以前勤務したことのある東京都利島には、信号が1か所だけあります。

それは小学校の前…どう考えても、信号機が必要なところではないのですが…子どもに信号のルールを教えるために、あえて設置しているのだそうです。

信号のルールは、赤は止まれ、青は進め、黄色は安全に停止位置で停止できない場合はそのまま進むことができる…です。

 

では、横断歩道はどうでしょう?

横断歩道

日本自動車連盟(JAF)のホームページで『信号機のない横断歩道での交通ルールとは?』を読んでみました。

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ドライバーは、常に歩行者が安全に横断歩道を渡れるように保護しなければなりません。道路交通法第38条第六節の二「横断歩行者等の保護のための通行方法」には、(盥埃圓陵無を確認できなければ、横断歩道の停止位置で止まれるような速度で進行する。横断しようとしている、あるいは横断中の歩行者や自転車がいるときは必ず一時停止をする。

 

2C琶眛仔發よびその手前30mは追い越しや追い抜きが禁止。などが規定され、横断歩道を渡ろうとする歩行者がいる場合、ドライバーは横断歩道の直前でクルマを一時停止させ、通行を妨げないよう義務付けています。横断歩道を渡るのに時間がかかってしまう高齢者や幼い子供も、もちろん例外ではありません。違反者には反則金や違反点数が科せられます。

http://qa.jaf.or.jp/accident/rule/04.htm

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すなわち、ドライバーは、横断歩道を待っている人がいる時は、必ず止まらないといけないのです。

あなたは止まっていますか?

 

 

同じくJAFの調査によると、この横断歩道のルールを守られていないようです。

この一時停止率ですが、一番止まってくれる県は長野県だそうです。

 

 

 

 

https://todo-ran.com/t/kiji/23579

この順位上位の件は、同じようにボランティアの活動参加率も高いそうです。

すなわち、人のために何かしようという気持ちの人が多いということ…らしいです。

仕事で長野に行くことも多いのですが、意識してみると確かに皆さん、横断歩道で人が待っていると止まるように思います。

 

カメラによるスピード違反の取り締まりも大切ですが、横断歩道の停止義務を果たさないことを取り締まることも大切なのではないでしょうか?

横断歩道の停止義務違反は、明確に止まらなかったかどうかですから、違反も明確ですよね。

なんて、過激な意見ですかね…

 

それよりも何よりも、私のこのコラムをお読みいただいた方々が、やさしい気持ちになっていただき、横断歩道を待っている人がいたら、止まるようにしていただけたらいいかなと思います。

気持ちいいですよ。ほっこりしますよ。

 

でも、歩行者になった時は、横断歩道で車が止まってくれたら、渡る時、当たり前だという顔して渡らないで、ちょっと運転手さんに微笑んで軽く会釈しましょうね。そうすると、みんなが幸せになりますから​。

 

 

 

 

 

 

 

 

地域のための自然学校を考える

今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳2019年3月号に掲載した雑記帳の再掲載です。

ただし、2019年7月8日に加筆修正しました。

 

 

年が明けて、なぜだかわからないのですが、色々なところから、自然体験活動や、自然学校を自分のところを何とかしたいというようなお話がポコポコ舞い込んで来ています。

お話しくださる方は、自然学校や、自然体験を知っていて、私にお問い合わせくださるわけではないのです。

ただ、自分の地域や街を何とかしたい。そんな時私に知り合ったので少し話してみたら、『これだ』と思ったと言うことです。

しかし、私は慎重になります。

自然学校をつくれば地域が活気づくでしょうか。

自然体験を導入すれば人が集まる事業になるでしょうか。

森のようちえんをつくれば地域に若い人たちが移住してくるのでしょうか。

グランピングのオートキャンプ場をつくれば、人が来るのでしょうか。

『きっとそうなる。』何となくそんな雰囲気を感じます。しかし、そんな簡単なことではありません。

 

単体のプログラムや事業を推し進めても、その周辺の団体や事業所、地域の活動との連動、相互作用が大切なのです。

その地域にあるものを生かすために、あるものとあるものを結ぶために必要な事業を生み出し、点を線にし、面にしていく。面になることで、遠くからでも見えるようになる。

そのように見えやすくなったものを、もっと多くの人に見てもらえる仕掛けを作る。

それが、いま必要なことなのではないでしょうか?

 

今まで、多くのコンサルタント会社が、ひとつ目玉事業を誘致したりして、お金を使って結果地域は疲弊してしまった例をたくさん見てきました。

自然体験活動や、自然学校が、その目玉になってはいけないととても感じています。

そうならないためには、その自然学校、自然体験活動を根付かせ、その役割を全うする人材が大切なのです。

地域の人材のブラッシュアップと、東京から飛び込む若者人材の両方が必要なのです。

今年に入って、色々な方に、お話をして、プランを書けば書くほど、その人材の重要性を感じます。

豆皿作りました

6月7日にこのサイトをご提供いただいている、酒井産業さんがある、塩尻市楢川地区で、木曽漆器まつりが開かれました。

私も、お邪魔してみました。

そこでの体験プログラムに興味があったのです。

豆皿に金箔を張り付ける、箔押し体験です。

 

私たちが行っている自然体験とはちょっと趣が違うようにも思いますが、実は、木の皿に漆を塗り、金箔を張り付け又漆を塗って作る豆皿は、自然と調和した工芸品の製作体験で、立派な自然体験なのだと思いました。

そして、もう一つ感激したのが、指導してくれる方です。

漆塗りというと、割と高齢のおじいさんを想像していました。

ところが、なんと若い女性ではありませんか。そして、広島からわざわざ、指導に来てくれたというのです。ちょっとびっくりしてしまいました。

吉田さんという女性です。彼女のFacebookのURLを乗せておきますのでぜひ、ご覧ください。

https://www.facebook.com/profile.php?id=100034460562537

 

そして、私がその体験プログラムで作った豆皿が以下の写真です。

いかがですか。指導がよかったのか、私のセンスか…ちょっといい出来だと思っています。

 

 

自然教室とか移動教室という、学校が青少年教育施設に行って、2泊3日とか3泊4日泊まり、自然体験活動をするプログラムがあります。

調査によると小学校5年生が、ほぼ皆さん行かれているようです。

その教室では、みんなが登山や野外炊飯、キャンプファイヤーやオリエンテーリングといった活動を行います。

 

しかし長野県の子どもなら、このような、木工とか、漆工芸の体験をするのもよいのではないでしょうか。

岐阜なら、白川郷の茅葺体験とか、新潟なら米作りとか、北海道なら酪農体験とか、そんな地域ごとに、地域の産業や、工芸品を子どもたちに伝える活動を行ってもいいのではないでしょうか。

そのために、各地域や都道府県でみんなで子どもの自然体験はどのようなプログラムをするといいかを、研究するべきなのではないでしょうか?

ぼちぼち、全国一律の紋切り型の教育は卒業する時期のように思います。でないと、地域の産業はどんどんすたれていくのではないでしょうか。

漆器まつりでの箔押し体験も、十分に『自然体験』といえるような気がしました。

教員を目指す学生さん

今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳2019年2月号に掲載した雑記帳の再掲載です。

ただし、2019年6月19日に加筆修正しました。

 

大学の授業を数校お引受けしています。

そのひとつの大学の実習で、青少年教育施設に来ています。

授業は野外教育論というもので、学校の先生になる学生さん達にむけての授業です。

ですが、半分ぐらいしか教員になろうとは思っていないようです。

そうは言っても、多くの学生は、教員となり、いつか子ども達を連れて、このような施設に来ることになるのです。

この実習では、自分たちで考えたプログラムをお互いに指導し、体験します。

今、学生さん達はその準備をしています。

そして明日は、実際にお互いに指導し、それを体験するのです。

今、準備する姿は、とても楽しそうです。

 

時間はたっぷり与えてあります。

その時間の中で、お互いにアイデアを出し合い、ダメ出しをし、リハーサルをして、検討を積み重ねています。

いい先生になるに違いないと感じています。

 

しかし、実際に先生になったとき、このように楽しげに、準備をして、授業を行うことができるでしょうか?

今は、それを夢見て、自分の考えたことを精一杯指導してほしいと思います。

 

現実は、なかなか厳しいものがあろうことは間違いないのですが…。

 

実際の教員の職場はと言えば、

あらゆる公文書の作成に振り回され、

保護者の言葉に、神経をすり減らし、

もちろん、目の前の子どもの行動に、翻弄されることも度々でしょう。

 

そんな中でも、くじけずに、本当に楽しんで、学校で先生として、教育者として生きてくれることを願わずにいられません。

その時に支えとなるような、血湧き肉躍る体験をさせておいてあげたいと思います。

それが、未来の子どもたちの幸せになるのでしょうから。

そして私たちは、先生たちに過度の責任や役割を持たせないようにしましょう。

私たち自身も、家庭で、地域社会で、子どもの教育についての責任や役割を分担していることを忘れてはいけないと思うのです。

だらしなくない? あなたのスーパークールビズ

暑くなってきましたね〜

どこまで暑くなるのでしょうか?

 

先日も書きました通り、どうなっても、この地球の上で暮らすしかないのですね。

そして、お金持ちがエアコンを効かせた快適さを得るとき、その外で、エアコンのない暮らしを強いられている人たちが、その排気熱で、より暑い暮らしを強いられるということも。

 

そんな中、都会では、スーパークールビズなる服装が推奨されています。

暑さの中でも、より快適に過ごせるように、ラフな服装を推奨していることです。


 

ネットで調べてみました。

 

 

どうしたらいいのでしょうね〜

 

沖縄の若い人と会議をすることがありました。

きちんとした、かりゆしを着て、とても涼しげでさわやかでした。

 

同じ若い人でも、東京の若い人と会議をしました。

ズボンをだらしなくはき、襟首がだらしなく伸びたTシャツでした。

ちょっと汚らしい感じでした。

 

最近、スーパークールビズと、だらしない格好の境目がよくわからなくなってきているような気がするのです。

特に男性のファッションで、だらしない人が増えているのに思えてなりません。

 

だらしのない服装と、Tシャツやポロシャツなどラフな格好で仕事に臨むというのは、違うと思うのです。

ましてや、髪が汚れているとか、靴を履かずに素足にビーチサンダルで、泥だらけとかいうのは論外のように思います。

 

人に会う時、相手の人が不快に思わない服装をこの暑い中で考えなくてはいけないというのは難しいことだと思います。

今までは何も考えずにネクタイを締めて、スーツを着ていればよかった。

それが、なくなり、自分で考えて、相手のことを思って、自分の服装を決めていかなくてはならなくなったのです。

 

そんな中、若い男性は、考えることをやめ、ただ自分が楽な服装をし始めているのではないかと思うことが最近たびたびあります。

部屋着のまま出てきたのではないのか…という感じの服装だったりもします。

 

それは、自分のことを考えるだけで、相手のことを考えない姿勢が服装に反映されてしまったのではないでしょうか。

相手のことを思いやる、相手の気持ちを想像する、そして服装も決める、整えるということを考えられなくてはいけないのではないでしょうか?

 

私たちはもう一段、ものをよく考えることができる大人に成長しなくてはいけなくなっていますね。