一日一善

『一日一善』

辞書を引いてみました。

『一日に、ひとつでよいから善い行ないをすること。』だそうです。

善い行ないというと、どんなことを想像されますか?

 

道に落ちているごみを拾いますか?

なかなか勇気がいりますよね。周りの人の視線が気になったります。

それに、最近では拾ったごみをどこに捨てるのか悩んでしまいます。なかなか、公共のごみ箱がないですからね。

 

電車やバスで、お年寄りや体の不自由な人に席を譲りますか?

これも勇気がいりますよね。

私の場合は、譲られる方になってきてしまいました。こういうことが歳をとるということなんだなとつくづく感じる瞬間であります。

でも、せっかく勇気を出して、席を立ってくれたんだから、拒まず、お礼を言って、快くその気持ちを受け入れることにしています。

 

お年寄りが重そうな荷物を持っているときに、お手伝いしますか?

疑われそうですよね。悪い人が、荷物の持ち逃げするのではないかと。

そう思われるのではないかと思うと躊躇しませんか?

 

ベビーカーを、階段で運んでいるお母さんのお手伝いをしますか?

これは、わりと気軽にお手伝いできるような気がしますね。

でも、最近はエレベーターが普及して、なかなかそういうベビーカーには出くわさなくってきています。

 

朝、学校に行く子どもに、笑顔で「おはよう!」と声をかけてあげますか?

最近は子どもは、すれ違う知らない人とは言葉を交わさないようですね。

ですから、けげんな顔をされてしまうばかりです。

 

でも…私の住んでいる田舎での話をさせてください。

先日の台風の時、カマキリが玄関扉の前に置いた土嚢の上で雨宿りしていました。

ドアを開けるのを、少し小さめにして、カマキリが居続けられるようにしてあげました。

 

以前にも書いたかもしれませんが、

何故か、アスファルトの上に這い出してきてしまったミミズを土のある所に移動してあげました。

 

田舎では、一日一善も日常の中でしやすいと思います。

それも、命…小さな命ではありますが、救うという一善です。

しかし逆に、殺生をすることもたくさんあります。

草むしりをしていて、鎌でカエルを偶然殺してしまうことも度々です。

しかし、そんな殺生をするからこそ、命の大切さを感じ、一善を行なおうと思うのかもしれません。

 

 

台風15号・19号

台風19号の雨風の中、家にこもって原稿を書いています。

雨が降り続き、家の周りは、どこもかしこも水浸しです。

おかげさまで、今のところ、家には何の影響もないですが、昨日(10月11日)は、家の周りで、台風対策に汗を流しました。

 

何をしたかというと…

物置を改修するために、物置の中身をベランダに積み上げてあるので、それに水かからないようにしてある、ブルーシートの庇の補修をしました。

もちろん積み上げてある、物置にあった荷物も飛ばないように、ネットで抑え込みました。

シートのあおり防止に、ロープを十文字に張りました。

ゴーヤの棚の支柱の補強をしました。

トマトのビニールハウスはもちそうもないので、外してしまいました。

家への進入路の水はけのために、溝の掃除もしました。

 

これで大丈夫だろうと思っていたら、今朝からの雨の中で、雨どいが2箇所も詰まっていることを発見しました。

今から屋根にあがるのは危ないな〜と思い、もしかしたら!と思って、竹の棒で雨どいの管をガンガンと叩いたら、ザバ〜と詰まっていたわらくずのようなものが流れ出てきて、見事に開通しました。

たぶん鳥の巣になっていたのでしょう。うまくいって、ちょっと感動しました。

 

車の駐車をしている家の前にも水がたまってきて、心配なので、玄関前に水嚢を置いて、簡単な堰を作りました。

 

大分安心です。

 

こんなことをしていると、ほぼ1か月前に南房総での、台風15号の被害を思い出します。

私が以前勤務をしていた、南房総市大房岬自然の家周辺の公園が、甚大な被害を受けたので、少しでも応援にと思い、いろいろなものを車に満載し、行ってきました。

きっと、今、この時も、私の心配の何十倍、いや何百倍も、心配し、雨が漏る家に後ろ髪を引かれる思いをしながら、とにかく身の安全をと思って、避難所に身を寄せている人たちがたくさんいるのだろうな…と思っています。

南房総市大房岬自然は、千葉自然学校が指定管理で、南房総市からお預かりしている施設で、冨浦町に位置しています。

そして千葉自然学校は、千葉県内の自然学校のネットワーク組織でもあります。

したがって、冨浦町の方々の支援や、千葉県内の自然学校の支援も担っている施設であります。

県内の自然学校の中には、自分の施設に、木が倒れすぎていて、入っていけないところや、稲刈りの時期にあたってしまい、300万円からの収入を失った団体もあったようです。

お怪我をされた方もいると伺っています。

心からお見舞い申し上げます。

 

その傷も癒えぬうちに再び襲ったこの台風19号で、今度は関東地方のそこかしこで、この千葉のようなことが起こるのかと思うと、いったい何をどうすればいいのか、おろおろしてしまいます。

 

とにかく皆さんが、ご無事なことを祈るばかりです。

(この原稿をお読みになるころには、皆さん落ち着いていらっしゃると思いますが)

 

 

千葉自然学校への、災害支援のための寄付サイトがあります。

お志を頂戴できれば幸いです。

http://kifunet.com/project.html?id=22

 

 

 

においますか?

9月12日の朝日新聞の耕論『無臭化する社会』というタイトルのコラムが載りました。

社会というのは日本という意味です。

日本は、においをなくし、そこに自分の好きなにおいをつけるような社会になっているようです。

 

まず、自分のにおいを消す。

家の中を無臭化しようと、いろいろなものを使う時代になりました。

しかし、知らない間に、それぞれの家庭にはにおいがあるものなのではないでしょうか?

そのにおいは、すっかり慣れてしまって、それを感じないようになっています。

しかし、しばらく旅行したりして帰ってくると、自分の家のにおいに気が付きます。

そんなにおいを消そうと、頑張っている人がいるのですね。

しかし、無意識になってしまい、感じているのに意識しなくなっているにおいでも、実は感じているのでしょう。

その、無意識のうちに感じているにおいに、子ども達は安心感を得ているのではないでしょうか。

 

私の八ヶ岳の家に、お客さんが来ると、『ああ、いい木のにおい』という方がいます。

私自身はもう何のにおいも感じていないのですが、そうなのですね。

 

木育教材に箸つくりというのがあります。

ヒノキの箸を作るのですが、その削っている最中にはとても素敵なヒノキの香りが立ち込めます。

なんとも、気持ちが落ち着くにおいです。

 

私たち日本人が、無意識に落ち着くにおいというのもあるのかもしれません。

 

外国人が日本に来て、『日本は味噌のにおいがする』と、言います。

私がその昔ブラジルに行ったときには、肉を焼くにおいを感じました。

 

家にも国にも、それぞれのにおいがある。

それでいいのではないでしょうか?

 

もっと自分のにおいに、愛着を持ってもいいのではないでしょうか?

もちろん、体調が悪いサインとして出てくるような口臭とか、体臭には注意しなくてはいけないでしょう。

しかし、自分の家のにおいや、周りのにおいを愛おしく思うことも大切だと思います。

お母さんにくっついて顔をうずめる子どもを見ると、きっと、においをかいで安心しているのだろうなと思ったりします。

 

 

森のようちえん

森のようちえんをご存知でしょうか?

幼稚園の活動を森の中でするというものです。

園舎は自然の森の中。

そんな活動を先日、山梨県の河口湖で見学してきました。

子どもの肖像権などがあるので、写真は撮れませんでしたが、そのかわり、感じたことをメモしてきました。

ちょっと、散文的になっていますが、私が現場で感じたことです。皆さんがこの文章から森のようちえんを感じていただければと思います。

 

朝露を踏みしめ、づんづん づんづん

クマよけの鈴が、カラン カラン

今! いい匂いした〜

クロモジの木だ

 

子どもが歩くだけでも、道はできる

 

坂道を登ってはかけおり

あぁぁぁぁ〜

 

ススキをとって振ってみれば

今の私はこんなに大きく背が伸びた

魔法の手

 

君たちは目をうばわれる?

足元の土か

手の届く草木か

あおぎみる大空と、こもれびか

それは私たちの予想をはるかにこえる

 

走る走る 追うもの、追われるもの

その躍動は、横たわる丸太に

軽々ととびのり、とびおりこえていく

大人にはもう追いつけまい

 

その姿はすでに私たちをこえた自然

 

ギーでもなければ、ギャーでもない

その声はどうすれば出せるのか

日本語でも英語でもなく

君たちにだけ通じる言語は世界共通?

 

草々の中に緑を探し、それは私の今のもの

土の中に茶色を探す、それは私の今のもの

 

少し怖い、でも行きたい

どうして、なんで、どこで

勇気と興味が、今の怖いをのりこえる

そして楽しい

 

とんでみた

すべって、すってんころりん

お尻がいたい

泣かないぞ、頑張ってるんだ、

泣かないぞ

 

でも、でも、甘えたいときもある

くっついて、くっついて、すりすりして、ギューってして

 

台風15号 南房総の様子

「台風15号 南房総の様子」

 

千葉県の台風15号の爪痕を目の当たりにしてきました。

風の通った道…そこはブルーシートの屋根で、その跡がはっきりとわかりました。

ブルーシートがない家でも…海沿いの家は、もともと重い瓦を使っているのですが、その瓦が一度浮いて、また元に戻ったそうです。よ〜く見ると、やはり瓦がずれています。もちろん雨漏りがして、屋根瓦は全とっかえが必要だそうです。

お年寄りは「私は大丈夫」と、お風呂に呼んでもなかなか来てくれないそうです。

我慢をしてしまうのでしょうか?穿った見方ですが、戦争の傷跡のような気がしてなりません。

 

いたるところで倒れた木が電線に倒れ掛かり電気が流せない。

東京電力の見通しの甘さに一時避難の声が上がりましたが、現場で働く電力マンを見れば、頭が下がります。

私が南房総に向かう時に、東北電力の車が並走していました。支援に駆けつけるところだったのでしょう。

南房総に朝の8時に着くには、東北を一体何時に出てきたのでしょうか?

現地でも、いたるところで、全国各地の電力会社の車が作業をしていました。

後日テレビで見たのですが、木更津の大型ショッピングモールの駐車場を基地にして、皆さん自前でテントや食料を持ち込んでの作業をしてくださっていたようです。もちろん風呂にも入らず。本当に頭が下がります。

 

私が訪れたのは前の職場でありました、南房総市の大房岬自然の家です。

職員はもちろん獅子奮迅の働きでした。

施設そのものもダメージを受けていますが、それよりもひどかったのは、大房岬の公園でした。岬のほとんどと言っていいほどのマテバシイの木々が、根っこから倒れて、道をふさいでいます。

 

多くのボランティアの方々が、その倒木の伐採に来てくれていました。

支援物資もたくさん届いていました。

 

自然の家は、地域のボランティアセンターとなり、地域の方々への支援も同時に行っていまいた。

届いた物資を軽トラに積んで、やっと開いた道を、電信柱が倒れ掛かかる道を、その電信柱をくぐって、地域の方々に配って回っていました。

今は電気も通り、ひと段落の状況なのかもしれません。

 

いつの災害もそうですが、ひと段落すると、外の人々は、新しいニュースに目を奪われ、その後の被災地のことに目がいかなくなります。

 

東北しかり、熊本しかりです。

 

南房総の、自然学校を回りました。

米つくりの体験をしている団体は、ちょうど稲刈り体験を受け入れる時期にあたりほぼ壊滅状態。300万円の減収ということです。

ミカンの収穫体験とキャンプ場の団体は、どれだけの被害かすらわからないということです。

ミカンの木もたくさん根こそぎ倒れていました。

もちろんミカンはたくさん落ちてしまっていました。

 

みんな、暮らしてくための活計を失っているのです。

これからは、行政の支援もでしょうが、私たちからも経済的支援が必要なのではないだろうかと、とても感じました。

 

もしよろしければ、皆さんの志をお願い申し上げます。

https://www.chiba-ns.net/oshirase?id=945588