東京大学入学式の祝辞

東京大学の入学式で名誉教授の上野千鶴子さんがされた祝辞を読みました。

ニュースにもなっていたので、気づかれた方も多いでしょう。

感激しました。

是非、お読みください。

 

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

 

私が感激したのは、

あなたたちは努力が報われてきた。それは、周りの環境があなたの努力を認め後押ししてくれたからだということと、その努力が報われない人たちがいるということを知ってほしい。

そして、その報われてきた頑張りを自分のために使うのではなく、報われない人たちを助けるために使ってほしいというメッセージでした。

 

感激しました。

今、最高学府である大学で学ぶ人たちの、すべてに聞いてほしいと思うスピーチですね。

いえ、日本の教育に携わる人たち、リーダーと呼ばれる人、指導者と呼ばれる人たちに、聞いてほしいメッセージだと思います。

 

今、自分と違う人を貶め、それも、同じ人たちで徒党を組んで貶めることのなんと多いことでしょうか。子どもの世界で『いじめ』といわれるものがその卑近な例でしょう。

時として、政党と呼ばれるものも、そんな様相を垣間見るような気がすることがあります。

マスコミにも気を付けてもらいたいと思います。

 

私たちは、そんな報われない子どもたちの努力を、頑張りの背中を押し、励まし続け、やり遂げたことを評価してあげる。それが、人と違うことへの頑張りでもです。そして、その努力が、周囲の人たちが貶めようとするときには、身をもって立ちはだかり、評価し続けてあげられる教育者でいたいと思います。

 

私たちのしている、自然体験活動というのは、そのように、ありとあらゆる興味を肯定してあげることができる場だと思っています。

そしてその興味に向かう時間を取ってあげる場でありたいとも思います。

 

学校が実施する自然教室や移動教室は、この興味を持つことや、その興味に向かう時間を取ることが難しい状況です。

自然の中での体験教室でありながら、授業の一環としての時間割を先生は組もうとしてしまうからです。

 

他方、私たちの自然学校は、そのような縛りはないはずです。

もっと子どもの興味を、十分に受け入れ、時間を十分に用意してあげられるはずです。

 

しかしそこには経済との板挟みがあります。だからといって、志を曲げたくはありません。

数多くの子どもを集め、時間割通りに進むことが『いい事業』ではなく、子どもの興味を受け入れ、時間をとれる程度の人数での開催を考えなくてはいけないでしょう。

それは、金額が高くなるということでもあります。

しかし、本当にそのような体験をさせてあげなくてはいけない子どもたちは、高額の参加費が払えない子どもたちに多くいるように思います。

 

私たちは、報われない子どもたちに、もっと真剣に、寄り添うことに立ち向かわなくてはいけないとつくづく思うのです。

その方法を、もっと、いろいろな方々と話し合い、チャレンジしていかなくてはいけない時が来ていると思うのです。

是非皆さん、知恵をお貸しください。

 

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