バランス

この冬、少し太ってしまいました。原因はわかっています。なぜか、お菓子を頂戴することが多くて、それを食べすぎたのです。

そして、体を動かさなかったから、太ったのです。

当たり前のことですね。焦っています。

要は食べる量と、その食べた分、動くことのバランスがあっていないから太ったのですね。

そんなバランスが整わないと、変調をきたすことが他にもあるように思います。

 

例えば、今の世の中、経済偏重のような気がします。

経済と文化は、どちらも大切ではないでしょうか?

経済を優先して、大切な文化的な建物を壊してしまったり、

文化を優先して、新しいものを拒んでしまったり。

それをどのように調整していくか、いつも悩み、判断していかないといけないのでしょう。

 

私たちの身近なことでいえば、

実体験と疑似体験もそのバランスの中にあるように思います。

よくある話で、子どもが満天の星空を見て「プラネタリウムみたいだ」と叫ぶのだそうです。

どちらが本物か、分からなくなってしまっていますね。

 

しかし、実体験というのは、五感すべてを刺激してきます。

草の匂い。木々のれる音や友達の声。寒いからといって、両手で包むように持ちながら飲んだココアの味。首が痛くなるほど上を向いて見上げて見た、満天の星空…などが実体験なのでしょう。

 

プラネタリウムが悪いということではありません。

星座のことをよく理解し、興味を持つには、とてもいいと思います。

 

しかし、両方を体験することが大切なのだと思います。

 

安全と危険も同じようなことが言えるでしょう。

何もかもが安全でいいのでしょうか。

けがをしたことがないまま大人になるなどということはないでしょうが、もし、そんな大人が生まれたなら、どうでしょうか?

 

親になれば、子どものけがを手当てしなくてはいけないこともあるでしょう。そんな時、自分のけがの経験が役に立つのではないでしょうか?

 

けがの痛みを知れば、人を傷つけることは怖くてできないのではないでしょうか?

 

子どもの時に、転んで膝小僧をすりむいて泣いた思い出ぐらいはあったほうがいいように思うのです。それすら危険なことと排除すると、バランスの悪い体験になってしまうのではないでしょうか。

 

そのようなバランス…国際自然大学校では、アウトフィッティングといっています。

バランスという言葉を「かかわりの中で…前向きに生きる」という言葉に変えて、言っているように思います。

バランスを考えるだけではなく、どうするかを判断するということが、前向きに生きるということなのですね。

私たちは、いつもバランスを考えて、そして判断しなくてはいけないのです。

判断を誰かに委ねてはいけないのではないでしょうか?

自分で判断し、そうするかをひとつひとつ決めていくのです。

お菓子を食べるか食べないか、体を動かすか動かさないか。自分で判断し決めて、行動していなくてはいけないのでしょう。

文化を選ぶか、経済を選ぶかも、自分の考えは決めておかなくてはいけないのでしょう。

その決めたことを表現する機会がきっとくるでしょうから。

それは、選挙だったり、署名活動だったりするのかもしれません。

 

これからも、色々なバランスを考えて、判断して行動していかなくてはいけないのですね。

 

 

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