目線を合わせて欲しい

東京にいる時、リックサックを網棚に乗せると、そのすぐ脇にメガネが置いてありました。正確には網棚の上に落ちていたのです。

ヒヤッとしました。

間違って、この眼鏡の上にリックサックを乗せていたら、眼鏡が割れて、座っている人に降り注ぐところでした。

さてこの眼鏡、どうしたものか…。駅で降りたときに、駅員さんに持って行きました。

「この眼鏡、網棚の上に落ちていたんです、車両は9号車でした。」

「はい」

と受け取ると、そのまま駅務室の奥に持っていってしまいました。

「ありがとう」もなかったですし、目線すら合わせてもらえませんでした。

え〜!そうなの…?と、ちょっと悲しかったです。いえいえ褒めてもらおうとは思っていませんが、「ありがとう」ぐらい言ってくれてもいんじゃないの。そうでないと、また何か拾ったときに届けようと思わなくなっちゃうよな〜。なんて思ってしまいました。

 

また、他の日です。

近くの駅まで歩いて行くときです。

道で、向こうから、お母さんが自転車でやってきました。

途中に電信柱があり、歩道が細くなっています。私は、気を利かせて、立ち止まり、自転車が先に通れるように少し端に寄ってあげました。

自転車が、電信柱の横を通り抜けてきます。

ちょっと頭でも下げてくれるかな〜って思いながら、お母さんの視線を求めたのですが…まるで、私がここにいないような雰囲気で通り抜けていくではありませんか。

思わず、後ろ姿を目で追ってしまいました。

どう見ても、私が道を譲ったのはわかったでしょう?

何か…あるでしょう?

何もないの?

 

また他の日でも、同じように、お兄さんの自転車に道を譲った時も同じような状況でした。

どう見ても、私が道を譲ったのわかったでしょう?

何もないの?

 

マンションのエレベーターです。

エントランスホールで待っていると、小学生が来ました。

エレベーターが来て、ドアが開きました。
小学生に「どうぞ」と言ったら、やはり視線を合わせず、まるで私がいないような雰囲気で先に乗り込んでいきます。

その後は、私を拒むかのようにドアに向かって黙っています。そして、降りる階のドアが開くと、脱兎の如く走っていってしまいました。

私、そんなに怖いのかな〜。

学校では、乗り込むときに先を譲ってもらっても、ありがとうと言ったり、目線すら合わさないようにって指導されているのかな?

 

日本人は目礼を忘れてしまったのでしょうか?

目線を合わせて、微笑んで、ちょっと小首を傾げる。

そんな挨拶が世の中を柔らかく、あたたかくしてくれるのではないでしょうか?

「ありがとう」と、言葉にして言わないまでも、ちょっと視線を合わせての目礼は、日本の良い習慣なのではないでしょうか?

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