何か食べたいものありますか?

今夜のご飯は何にしますか?

お昼は何を食べましょうか?

 

何にしようかな〜?

 

日本は、いろいろな国の食材を輸入して、色々な国の食事を食べることができます。

海外に行っても、これほどバラエティーに富んだ食事を毎日選ぶことができる国はないと言ってもいいのではないでしょうか?

 

なのに、なにを食べようかな〜 と、迷う毎日ではありませんか?

 

しかし私は、山梨県のちょっと田舎に住まっていますが、こちらでは、それほど色々な食事ができるわけではありません。

逆に新鮮なものは食べることはできます。

夏は毎日、ナスにピーマン、キュウリ、トマトを、どう料理しようかと頭を悩ませます。

何を食べようかではなくて、ナスをどう食べようか、キュウリをどう食べようか。となります。

お肉などと一緒に炒めたり、煮たり、揚げたりするわけです。

 

飽きるでしょうって?

いいえこれが結構、飽きないのですね。

畑仕事をして汗をかいた後は、何を食べてもおいしいということなのかもしれませんが、いつもおいしくいただいています。

 

先ほど、日本は色々な国の食材を輸入して、色々な国の食事を食べることができると申し上げましたが、これはちょっと間違いかもしれません。

日本はではなくて、東京は、大阪は、かもしれません。

特に「東京は」でしょうね。

毎日テレビのニュースの中で、これでもかというほどのレストランの紹介がありますし、そのメニューが、もう新しいものを考えつくしているのでしょうね。これとこれを組み合わせる?というようなメニューです。

 

以前から私は、「日本は発明が必要を追い越した」と申し上げていますが、食事も同様ですね。

食事のメニューが食べたい気持ちを追い越してしまったようです。

ですから、何を食べたらいいかわからない。

 

そんな時は、一生懸命に家の掃除をしてみてください。掃除機をかける掃除よりも、床や窓を雑巾がけするのがいいでしょう。そうやって、汗をたっぷりかいた後に、塩おにぎりや、梅干しご飯を召し上がってみてください。何よりもおいしいと思いますよ。

 

珍しいものを食べるよりも、何を食べてもおいしい生活をするのがいいように思います。

そうすると、日本の飽食も少し解消できるのではないでしょうか。

 

風邪をひいたら

きっと私が考えるよりも、専門家の方々が、ずっと色々考えているのでしょうが…

だとしても、素朴な疑問があるので、ここで少し書かせていただきます。

 

保険料の削減のために風邪薬や、湿布薬は、病院から処方しなくなるというニュースを聞きました。

「薬局で買いなさい」ということのようです。

風邪程度で、医者に来るな…ということでしょうか?

でも、風邪は万病のもとと言いますよね。

例えば…インフルエンザか、風邪かの判断は誰がするのでしょうか?

多くの人が、風邪だからといって薬局で風邪薬を買って飲んでいて、インフルエンザだった…肺炎になってしまったという人が増えてしまうのではないでしょうか?

「どうしてもっと早く来なかったの!?」という、お医者さんの叫びが聞こえてきそうです。

夜、どうしようもなくなっての、急患も増えそうですね。

そうなっていくと、重篤な患者さんが今までよりも増えていくかもしれないと思うのです。

そう。すなわち、命の危険に陥るようなことが増える改定なのではないでしょうか?

 

なぜ改定をするかというと、高額の特殊な治療も保険で行えるようにするということです。

特殊な、重い病気の治療のために、少々重い病気になる人が増えてもいいということでしょうか?

それに、そんな少々重い病気になる人が増えたら、結局保険料はたくさんかかってしまうのではないでしょうか。

それに、それに、高額な特殊な医療費は、自己負担も当然何十万円もして、ある程度のお金持ちでないと受けられない医療なのではないでしょうか?

 

もっともっと、色々な治療が開発され、高額医療の方法が増えてきたら一体どうするのでしょう?

科学の進歩はどこまでも進めたとき、人はなかなか死ななくなると、日本の国はどうなるのでしょう?

 

何もかも仮定の話なのですが、想像の話なのですが…どうも、ある程度以上の生活水準にある人たちのことを一般の人たちと想定した、社会に進んでいっているような気がしてなりません。

 

山登りをするときは、一番体力のない人に合わせて、登るのが鉄則です。

弱い人を置き去りにして、山に登ろうとしているような気がしてなりません。

 

医療費だけでなく、オリンピックの建設ラッシュのために、熊本の被災地などの工事が全く進まないと聞いたこともあります。

復興オリンピックといっていますが、復興妨害オリンピックになってはいないでしょうか?

 

キャッシュレスの消費税還元も、都会にはたくさんありますが、地方では使えないということも聞きます。

 

お金持ちや、大都市の人を見て考えられている社会の仕組み作りは、もう少しよく考えないといけないかもしれないと思います。

私たちは何を食べるのでしょう

中国の人たちが爆買いと称して、日本の製品を湯水のごとく買いまくっているようです。
ありがたいことなのでしょうか?
ありがたいのでしょうね。これで日本の景気がよくなるのなら。
でも、少しだけクールな見方をすると、この爆買いはいつまでも続くとはとても思えないのです。日本の、あのバブル時代のようなものでしょう。
何となくですが、企業もそんなに舞い上がってはいないように感じます。
この景気に乗じて、新しい工場をたてるとか、事業を拡張すると言う話は聞きません。

しかし、少し不安な話題もないわけではありません。
日本の農産物も中国に売り込んでいます。それも高級食材を、です。
日本の食料自給率は40%を切っています。なのに、どうして中国に積極的に輸出をするのでしょう。それは、高級食材が中国で売れるからですね。
中国で高級食材が売れるとなったら、みんなこぞって中国向けの高級食材を作り出すのでしょうか。国内向けのごく普通のキュウリやトマトをやめて、単位面積あたり、より収益性の高い食材に切り替えていき、中国に輸出していくのでしょうか。そうすると、日本の食料自給率はまた一段と下がってしまいます。
そしていつか中国やその周辺国が、日本と同じような農産物を供給できるようになったとき、日本の農産物は輸入されなくなるでしょう。そのとき、今と同じように、中国や周辺国が、安い価格で、小麦や大豆を日本に輸出してくれるでしょうか。ダメなら今度は、アフリカあたりにその輸入先を求めていくのでしょうか。その先はどうなりますか?
そんな先のことは心配しなくてもなんとか考えるでしょうから大丈夫。本当に大丈夫なのでしょうか?
いいえ、みんな実は知っています。大丈夫ではないことを。しかし「今は大丈夫だから、将来の愁いは先送りにしておこう。」と、思っているのです。そして、その愁いが現実になるときに、皆さんのお子さんが、その現実に直面するのです。

先日の終戦記念日に放送されたテレビ番組で、多くの戦争体験者の方が言っていました。あの苦しさは、あの辛さは、子どもたちにあじあわせたくないと。

雑記帳のリライトの掲載は終了します。

今までこの「道草しながら」は月4回 1日、8日、15日、22日の掲載をしてまいりました。

そのうち、月2回は、国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』に掲載していました、私のコラム「雑記帳」の再掲載を行ってまいりました。

しかし、先日の掲載でお気づきになられた方もいらっしゃるでしょうが、この再掲載が、追いついてしまいました。先日の掲載が、6月の分でした。

というわけで、これを持ちまして「雑記帳」の再掲載を終了させていただき、月4回とも、書き下ろしのコラムにさせていただきます。

 

 

「雑記帳」は、書き続けます。

そのサイトは、http://yoshiiesakurai.blogspot.com/

よろしければ、そちらもご覧ください。

毎月1日に更新します。

 

 

 

 

 

 

このコラムをスタートしたころはまだ現役で仕事をしていましたので、月4本の書き下ろしは厳しいと思い、2本は再掲載でご勘弁いただきました。

しかし、現場を離れた今、4本も頑張ればかけるかなと思っています。

また、みなさんに伝えたいことも、たくさんあるようです。

とは申せ、ちょっと手詰まりになるかもという不安も若干あります。

 

是非皆さんからも、原稿のネタになるようなお話をお聞かせください。

また、「ここ見て原稿に書いて」というようなところのご紹介もお願いします。

観光地ではなくて、自然体験の現場ですよ(笑)

 

というわけで、次号から、月4本、すべて書き下ろしになります。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

また、このコラムを掲載させていただける、酒井産業さんは、自然体験活動を、木を使った教材という側面から支援していただいています。そのホームページ(http://kiso-sakai.sakura.ne.jp/にこのコラムを掲載させていただけることに深く感謝申し上げます。

街づくりも考えます

今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳2019年5月号に掲載した雑記帳の再掲載です。

ただし、2019年7月15日に加筆修正しました。

 

八ヶ岳の我が家から小淵沢の駅まで、40分程度歩いています。

先日も満開の桜の中を歩いていると、私を追い越しいた郵便局の車が、私の前に止まり、郵便屋さんが降りてきました。

そして「もし郵便を出すなら預かりますよ。」と、話しかけてくれました。

私は、小さなスマートレターとハガキを手に持って歩いていたのです。

怪訝に思いながらも、優しい郵便屋さんだなと思い「ありがとうございます」と、その郵便物を託しました。

にこやかに受け取った郵便屋さんは、車に乗り込むと走って行きました。

そして、少し先に見えていた郵便ポストの前に止まると、郵便物を集荷して行きました。

な〜るほどと、私は得心しました。

ポストに郵便を入れるであろう私を追い越して、集荷してしまえば、私の郵便物は明日の集荷になってしまう。だから、わざわざ車を止めて、預かってくれたのでした。

これは、田舎の良さかなと、思いつつ、優しい郵便屋さんだな〜と、改めて、その郵便車に頭下げてしまいました。

きっと、見えなかったでしょうが。

 

もうひとつの体験をお話ししましょう。

川崎のマンションで、ゴミを出そうと集積場のドアを開けました。

サーッと走ってきた小学生が、私の開けたドアの隙に、実に巧みにゴミを、ぽ〜んと放り込みました。

そのまま行こうとするので、「おはよう」と声をかけると、驚いたように小さな声で「おはよう」と言いました。言うが早いか駆けて行ってしまいました。もちろん「ありがとう」の言葉はありませんでした。都会では、知らない大人と話してはいけないと教育されていますからね。

 

このように、同じ人間が暮らす環境でも随分違います。

前者の郵便屋さんのようなことは、何かまわりから監視されているようで嫌だと感じる人もいるかもしれません。(私は、いい感じなのですが。)

後者の子どものことは、どう考えても、もう少しコミュニケーションとりたいですよね。

どちらも、帯に短し襷に長しの状況なのかもしれませんね。

 

その中間を行くような街づくりができたらいいなと思います。

心地よい人間関係と、心地よい不便さの街を作れないものでしょうか。

街の人達みんなが、そういう心を持って、企業もそれに寄り添った商売をしてくれる街になればいいのになと思いました。

そして、ふと思い出しました。そのような街づくりをビジュアルにしたのが、養老孟司さんと宮崎駿さんの対談集、「虫眼とアニ眼」(新潮文庫)の巻頭の、あの街の絵なのだと。