教員を目指す学生さん

今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳2019年2月号に掲載した雑記帳の再掲載です。

ただし、2019年6月19日に加筆修正しました。

 

大学の授業を数校お引受けしています。

そのひとつの大学の実習で、青少年教育施設に来ています。

授業は野外教育論というもので、学校の先生になる学生さん達にむけての授業です。

ですが、半分ぐらいしか教員になろうとは思っていないようです。

そうは言っても、多くの学生は、教員となり、いつか子ども達を連れて、このような施設に来ることになるのです。

この実習では、自分たちで考えたプログラムをお互いに指導し、体験します。

今、学生さん達はその準備をしています。

そして明日は、実際にお互いに指導し、それを体験するのです。

今、準備する姿は、とても楽しそうです。

 

時間はたっぷり与えてあります。

その時間の中で、お互いにアイデアを出し合い、ダメ出しをし、リハーサルをして、検討を積み重ねています。

いい先生になるに違いないと感じています。

 

しかし、実際に先生になったとき、このように楽しげに、準備をして、授業を行うことができるでしょうか?

今は、それを夢見て、自分の考えたことを精一杯指導してほしいと思います。

 

現実は、なかなか厳しいものがあろうことは間違いないのですが…。

 

実際の教員の職場はと言えば、

あらゆる公文書の作成に振り回され、

保護者の言葉に、神経をすり減らし、

もちろん、目の前の子どもの行動に、翻弄されることも度々でしょう。

 

そんな中でも、くじけずに、本当に楽しんで、学校で先生として、教育者として生きてくれることを願わずにいられません。

その時に支えとなるような、血湧き肉躍る体験をさせておいてあげたいと思います。

それが、未来の子どもたちの幸せになるのでしょうから。

そして私たちは、先生たちに過度の責任や役割を持たせないようにしましょう。

私たち自身も、家庭で、地域社会で、子どもの教育についての責任や役割を分担していることを忘れてはいけないと思うのです。

だらしなくない? あなたのスーパークールビズ

暑くなってきましたね〜

どこまで暑くなるのでしょうか?

 

先日も書きました通り、どうなっても、この地球の上で暮らすしかないのですね。

そして、お金持ちがエアコンを効かせた快適さを得るとき、その外で、エアコンのない暮らしを強いられている人たちが、その排気熱で、より暑い暮らしを強いられるということも。

 

そんな中、都会では、スーパークールビズなる服装が推奨されています。

暑さの中でも、より快適に過ごせるように、ラフな服装を推奨していることです。


 

ネットで調べてみました。

 

 

どうしたらいいのでしょうね〜

 

沖縄の若い人と会議をすることがありました。

きちんとした、かりゆしを着て、とても涼しげでさわやかでした。

 

同じ若い人でも、東京の若い人と会議をしました。

ズボンをだらしなくはき、襟首がだらしなく伸びたTシャツでした。

ちょっと汚らしい感じでした。

 

最近、スーパークールビズと、だらしない格好の境目がよくわからなくなってきているような気がするのです。

特に男性のファッションで、だらしない人が増えているのに思えてなりません。

 

だらしのない服装と、Tシャツやポロシャツなどラフな格好で仕事に臨むというのは、違うと思うのです。

ましてや、髪が汚れているとか、靴を履かずに素足にビーチサンダルで、泥だらけとかいうのは論外のように思います。

 

人に会う時、相手の人が不快に思わない服装をこの暑い中で考えなくてはいけないというのは難しいことだと思います。

今までは何も考えずにネクタイを締めて、スーツを着ていればよかった。

それが、なくなり、自分で考えて、相手のことを思って、自分の服装を決めていかなくてはならなくなったのです。

 

そんな中、若い男性は、考えることをやめ、ただ自分が楽な服装をし始めているのではないかと思うことが最近たびたびあります。

部屋着のまま出てきたのではないのか…という感じの服装だったりもします。

 

それは、自分のことを考えるだけで、相手のことを考えない姿勢が服装に反映されてしまったのではないでしょうか。

相手のことを思いやる、相手の気持ちを想像する、そして服装も決める、整えるということを考えられなくてはいけないのではないでしょうか?

 

私たちはもう一段、ものをよく考えることができる大人に成長しなくてはいけなくなっていますね。

ほうき

今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳2018年2月号に掲載した雑記帳の再掲載です。

ただし、2019年5月27日に加筆修正しました。( )内は、加筆部分。

 

八ヶ岳の我が家で、昨年末に大掃除をしたときのことです。

ふと気が付いたのですが、こちらの家で掃除機を全然使っていないのです。

国立赤城青少年交流の家での仕事を終え、前橋の宿舎を引き払ってこちらに来た時に、当然掃除機は持ってきました。

そう思って、納戸をひっくり返したら、なんとなく古びた感じの掃除機が出てきました。ちゃんと動きました。

でも、結局その掃除機は再び納戸にしまってしまいました。

今朝、掃除をしたとき、そのことを思い出しました。

私の掃除の手順に、掃除機はすっかりなくなっています。

ほうきで掃いてきて、窓際にまとめ、大きなごみを拾った後、掃き出し窓から、ベランダにごみを掃き出してしまいます。

課題は、部屋の中が温かいと、窓を開けたとたん外から風が吹き込んで、ホコリを掃きだすのにひと苦労ということです。

しかし、この掃除、結構楽しいですよ。

ほうきは2本使います。

階段を掃くときと、部屋や廊下を掃くときのものです。

階段の隅を掃くときは、いろいろ工夫をしています。もちろん掃除機で吸う方が早いのかもしれません。しかし、その隅のごみを掃き出すちょっとしたコツをつかんで、掃き出すことができた時は結構嬉しいものです。

そして、ゴミがまとまってきたとき、こんなにあったのだと、感心してしまうとともに、変な達成感があります。

そして、電気を使わない、省エネ生活だなと、思う充実感も味わっています。

家の作りは、地域の伝統的形です。だからできることかもしれません。

しかし、川崎のマンションで、これはとてもできない生活スタイルです。なぜなら、掃き出し窓がないのです。ベランダへの窓は、一段高くなっています。それよりなにより9階のマンションのベランダにゴミを掃きだせば、ご近所迷惑ですね。

省エネの暮らしができる家づくりや、暮らし方を考える建築家が生まれてきてくれないかなと思いました。でないと、やはり省エネの暮らしなんて、絵に描いた餅なのかもしれないなと思いました。

 

どうなろうと、地球の上で暮らす

5月の末は、本当に暑かったですね。

八ヶ岳の我が家でも気温が35度になった日がありました。

夏でもなかなか35度になることはない地域なのですよ。それがいきなり、5月末で35度ですから、ちょっとびっくりです。

 

テレビからは、水分補給を充分にしましょうとか、無理をしないで、部屋でエアコンを使いましょうといった呼びかけをニュースのたびに聞きました。

 

しかし毎年、こんな高温の日が、5月とか4月からくるようになったら、どうなってしまうのでしょう。

異常気象、異常気象といっていますが、そんな気象が毎年来たら、それは異常気象ではなくて、気象がそのように変化したということなのではないでしょうか?

日本は5月から35度を示すような、熱帯の国に変わるのではないでしょうか?

 

そうなったなら、日中は外で仕事などできないですね。

サラリーマンはみんな、ビルの中でエアコンをガンガン効かせて仕事をするのでしょうね。

するとビルの外は、エアコンの排気熱が暑さに拍車をかけて、40度とか45度とかになるのでしょうね。

そんな中で働かざるを得ない、配達の仕事とか、掃除の仕事とかをする人はいったいどうなってしまうのでしょう。

地方で農業とか林業をする人は、いったいどうなってしまうのでしょう。

 

今の子どもは、日中の暑い時は、エアコンの効いた部屋の中で過ごして育ちます。

そうなると、今の大人よりも、もっと暑さへの耐性のない大人に育つのではないでしょうか。

 

暑さに弱い大人が育ち、日本はどんどん暑くなっていく。

そうなると、どんどん外で働くことができない人ばかりになってしまいます。

 

農業や、林業や漁業といった仕事ができる人はもっと減ってしまうことになります。

 

暑い時は、海外のようにシエスタ…昼寝をして、休憩をする。

でも、その休憩も、エアコンの効いた部屋の中ではなく、日影の風通しの良いところで過ごすのです。

そして、朝とか夕方に頑張って仕事や勉強をするようにしてはいかがでしょう。

 

今の日本は、そんな風に暮らし方を変えなくてはいけないほど、天候が変化してきているのではないでしょうか。

今までの働き方を無理やり続けるために、エネルギーを使って、エアコンを効かせて、働くといったスタイルを続けるのは不自然なのではないでしょうか。どこかで無理が出てしまうのではないでしょうか。

 

もっと自然とともに、変化できる、変化することを良しとする、自然と共に生きる生き方を私たちは考えた方がいいような気がします。

今はそんな生き方をする人を怠け者と呼ぶかもしれません。しかし、最後に自然と共に生きることの方が知恵のある人となるのではないでしょうか?

 

でないと、どこかで、私たちは地球の上で生きることができない生き物になってしまう気がするのです。

 

新年の抱負

今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳2018年1月号に掲載した雑記帳の再掲載です。

ただし、2019年5月6日に加筆修正しました。( )内は、加筆部分。

 

あけましておめでとうございます。

(少し時季外れですが、令和元年ということで、新しい時代の初め、もう一度一年の抱負を確認するということもいいかなと掲載を決意しました。)

皆さんはどのような新年をお迎えでしょうか?

私はと申しますと、八ヶ岳の我が家で、ゆっくりとしたお正月を過ごしています。

 

 

そんな中、以前は恩師の方々などにお正月のあいさつに行っていた自分のところに、お正月のあいさつに人が来る年齢になりました。

 

とはいっても、八ヶ岳はいかにも遠いです。

しかし、世の中は変わったなと思うのですが、WEB会議のシステムで、何人かの方々が、あいさつに来てくれました。

(でも、やはり、直接来てくれる方がうれしいですけどね。)

 

さてそんな中で、今年一年の抱負を考えました。

今年、私は「暇な一年」にしたいと考えています。

暇だからといって、何もしないということではありません。

 

1、若い人たちを信頼して、仕事を任せていくということです。

2、そのために、一番大切にする仕事は、後輩たちの育成です。走林社中に、より力を入れます。

3、暇になった時間には、いろいろなことを考え、文章を書き、より多くの人たちに自然体験のことを伝えていくように頑張ります。

 

そんな風に『仕事をしない』ということは、収入は減ってしまうかもしれません。

国立赤城青少年交流の家で仕事をしていた時の収入に比べると、きっと約3分の1くらいになっていると思います。

しかし、それでも、なんとかかんとかやっていけるものです。

それが、地方に住むということなのではないでしょうか?

決して我慢をしたり、ひもじい暮らしをするのではなく、無駄なお金を使わないということです。

 

地方での暮らしで、収入は減るけれど、暇な時間を持ち、心豊かに、快適に暮らしていくことができるということを体現したいとも思います。