『人の言葉』

木々の声のことを書きました。

今回は、人々の声のことを書きたいと思います。

声というより、言葉といった方がいいかもしれません。

 

ある時、テレビのニュースで、

『フライパンに火をかけました』という、画面の解説がありました。

本当は『フライパンを火にかけました』でしょうね。

 

また、ある時に、

『サーフィンは自然の中のスポーツなので天候に左右されます。』

『同じ波は一度も来ない。』

これは『同じ波は2度とこない』の間違いではないでしょうか。

 

現場でのレポートならばいざ知らず、VTRに後付した解説がこのような間違いをするというのは、いかがなものでしょうか。

 

また、もうひとつ気になることがあります。

バラエティー番組で…ですが、話をしている人の話にかぶせるように、

他の人が話をするところをよく見受けます。

そうなると、何を話しているのかわからなくなってしまいます。

しかし、そんなときは、画面の下にテロップが入り、

何を話しているのか文字で知らせてくれています。

ところが、そんな話し方というか、会話が、ラジオ番組でもされるようになってきています。

 

他の人の話をよく聞かずに、自分の話したいことをどんどん話していってしまうのですね。

 

そんなとき、ふと思い出した言葉が『人のあら探しするな』。

あ〜しまった。

そんな人のあらを探す前に、自分のことを反省しないといけませんね。

こんな風に文章を書いて暮らしている自分が、いかに誤字脱字が多いか、もっと恥じなくてはいけません。

また、本当にちゃんと人の話を最後まで聞いているかどうか。

反省しないといけないシーンを、いくつも思い出します。

 

ちゃんとした受け答えをするには、まず最後まで人の話をちゃんと聞いて、言葉を選んで、正しく表現しないといけませんね。

 

子どもたちに対しても同じだと思います。

よく、子どもの話をさえぎって『それはね…』と、

先に答えを出していることがあるように思います。

「ねえ、ねえ、このお魚は…」「これは鮭よ」という感じでしょうか。

確かに、子どもはこの魚の名前は何というのかなと思って質問をしているのかもしれません。

しかしもしかすると、「このお魚は、なんていうお魚? どんな形しているの?」と

聞きたかったのかもしれません。

しかし、「鮭よ」と言われてしまえば、「ふ〜ん」で終わってしまうのです。

 

キャンプを終えて、解散をして、お子さんがご家族のもとに帰ったとき、

「どう、楽しかった?」「具合悪くならなかった?」「喧嘩とかしなかった?」と、

機関銃のように質問を繰り出し、子どもたちは、うん、うんと答えることしかできない風景を見ることがあります。

 

子どもが話し出すのを待って、話し始めたなら、

ぜひ最後まで話しを聞いてあげてください。

そして、きれいな言葉で、よく選んだ言葉で、感想を言ってあげようではありませんか。


 

『木々の声』

皆さんは、お正月、初詣には行かれましたか?
私は、八ヶ岳の自宅の近くにある神社にお参りに行きました。


北野天満宮の末社です。全国1万2000もある末社の中のひとつです。
末社といえども、さすがの北野天満宮…か、どうかはわかりませんが、

参道の両側の木々が立派です。

宮司さんもいない、小さなお社ですが、

100メートルちょっとの参道には巨木が並びます。

 


この小淵沢に、なかなか古くから人々が暮らしていたのだなと感じます。
お社の後ろにも、うっそうとした森があります。

 

 

逆に少し悲しいこともありました。
年末、帰宅したときに、我が家の近くの家の前に大きく茂っていた銀杏の木が根元から
切り倒されていました。
何でもかんでも守らなくてはいけない、と言うつもりはありません。
きっと、このお宅の方にとっては、何か不都合なことがあったのでしょう。
沢山の銀杏の実が落ちる木でもありました。家のすぐ前に立つ木でしたから、

匂いがひどくて仕方なかったとか、家が影になってしまうとか、何かわけがあったのでしょう。


とはいえ、残念な気持ちもあるのは事実です。

 

きっと切るのはほんの数十分でしょうが、

ここまで育つのは、何十年か、百何十年かかったでしょうに。

 

そして、もう一本、昨年の冬に、強風で裂けてしまった木がありました。
その木を、道すがらいつも見ていたのですが、

この冬とうとう、根元から倒れてしまいました。


自然の摂理で、このように朽ちていく木もあるのですね。

このように、木にもいろいろな生き方、そして樹命の終え方があるのですね。


切られた銀杏の木は、その後どうなったのでしょうか?


私が見た時はこの切り株だけでしたので、その後どうなったのかはわかりません。

チップになってしまったのか、薪になったのか? はたまた、何か家具のようなものに
姿を変えて人々の役に立つのでしょうか?
この風で倒れ朽ちた木は、この後どうなるのでしょうか?
根元から再び芽を吹くのでしょうか?
朽ちて、その朽ちた木が栄養となって、

そこにまた違う草木が芽を吹かせるのでしょうか?


どちらにしても、倒れてなお、人々のためであったり、自然の中の生きる者たちの役に
立っていくのですね。


私たちは、何歳まで、毅然と立ち続けるのでしょう。生き続けるのでしょう。
そして、どのように人生を、寿命を終えるのでしょう。
木々はその姿をもって、私たちに自身の生き方を問いかけているような気がしました。
そして、この木々に代わる木を、どこかで、

どのようにかして育てていかないといけないのだとも思います。


そう。人も同じで、育てていかなくてはいけないのです。

『風』

すでにこのサイトで、新年のご挨拶をいたしましたが、

改めまして、本年もよろしくお願い申し上げます。

 

今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』

雑記帳2018年1月号に掲載した雑記帳の再掲載です。
ただし、2019年1月6日に加筆修正しました。( )内は、追記部分です。

 



先号で昨年秋に風邪をひいたお話をして、今度は風の話。

決して掛けたわけではありませんが、ちょっとおもしろいですね。

(先号というのは昨年12月8日掲載分のものです。

https://michikusashinagara.blogspot.com/2018/12/blog-post_9.html


年末からの寒波で、東北をはじめ雪国では例年にない大雪のようで、大変なこ
ととお察し申し上げます。お見舞い申し上げます。
その寒波の影響でしょうか、北風が例年になく強いように感じます。
皆さんは普段の生活の中で、風の強さや、温度、においを感じることはありますか?


風の通り道を見ることがありますか?


八ヶ岳に住むと、風に乗ってくるにおいをいつも感じます。
特に草を焼くにおいは、私の大好きなにおいです。まあ、野外活動をしてきた者の宿命でしょうか、

煙のにおいに安堵を感じてしいます。


風の道を感じました。先日来の強風で、年末に、家の周りの歩くところに

敷き詰めたウッドチップが(写真1)飛ばされ、畑にまで飛んで行ってしまいました。

 

 

その畑に、ほうれん草の種をまいて伏せておいた苗ドーム(写真2)が、

どこかに飛んで行ってしまいました。影も形も見当たりません。

もちろん、杭を打ち土もかぶせて飛ばないようにしておいたのに…です。

 

 

そのウッドチップが飛んだ先にその苗ドームがあったのです。すなわち風の通り道。
なるほど、ここを風が抜けていくのか…と納得したものでした。

 

 

温度を感じるのは、襟元ですね。首が寒い!
今年の風は本当に首元が寒いです。
と、思いながら東京に戻ってみると、コートの前を開けたまま、

襟元が大きく開いた服装で歩く女性の多いこと。


そういえば、ズボンの丈が短くて、足首が出ているファッションも流行っているのでしょうか?
皆さん、風の温度を感じたいのでしょうか?
いやいや、きっと、そんな寒いところには長い時間いない生活なのでしょうね。

ちょっとしか外には出ない。


きっと体の中で『首』の付くところを冷やしてはいけないなんてことは知らないのかもしれませんね。


さて、新年でもあるので今年の抱負を…。
実は昨年、八ヶ岳の編笠山に登り損ねました。

小学生でも登る山なのに、頂上直下で体調を崩し、下山しました。
この秋には、楽々登ってリベンジをしたいと思っています。


(残念ながら、昨年の秋は上ることができませんでした。

  なぜかスケジュールが調整できませんでした。少しおびえもあったのかもしれません。

  今年こそ、リベンジしなくては。)

『36年使い続けている机』

 

あけましておめでとうございます


皆様、どのようなお正月をお迎えでしょうか?
私は八ヶ岳の我が家で、ゆっくりと迎えている予定です。
ただ、この原稿を書いている2018年12月26日現在は、まだまだ年賀状書きに追われい
ますが…(笑)


さて本年から、この『道草しながら』を、この酒井産業株式会社(以下、酒井産業)さん
のサイトで書かせていただくこととなりました。
酒井産業さんは長野県塩尻市にあります、木曽漆器の老舗の会社であります。
私との出会いは、すでに10年余りになるでしょうか、国際自然大学校のクラフト製品
の制作供給をお願いしたことに始まると記憶しています。
現在の社長でいらっしゃる酒井慶太郎氏には、木育に対して大変ご理解をいただいてお
り、色々なお話をさせていただく中で、ずいぶんとご無理なお願いをしたり、ご協力を
賜ってきました。
そしてこの度、この「道草しながら」を掲載していただいていた東急ケーブルテレビの
WEBサイトのコーナーが、打ち切りになるということで、酒井産業のサイトで書いて
みないかというお話を頂戴しました。
私自身もこの「道草しながら」を書き続けられるところを探しており、本当に感謝して
おります。
そんな経緯で、タイミング的に少し間が空いてしまいましたが、こちらでこれからも書
かせていただけることとなりました。
また、タイトルも今まで通り『道草しながら』で書かせていただきます。


私が、なぜ木育というか、木を使った製品にこだわるかということをここでお話しさせ
ていただきます。


私の経歴をご参照いただければおわかりになるかと思いますが、過去、いくつかの施設
にて所長をさせていただいていたことがあります。
千葉県の大房岬少年自然の家にいる時も、群馬県の国立赤城青少年交流の家にいる時も
、多くの企業が、周辺の山で植林をしてくださっていました。
大変ありがたいことですし、素晴らしいことだと思います。
そして同じように、全国のあらゆるところで、植林の活動が行われています。

多くの企業が植林した森の木々はやがて成長し、間伐の時期を迎えつつあるところも、
少なくないのではないでしょうか。
植林事業は、企業の社員による社会貢献や、地域の方々との協働事業として、確立され
た感があります。
しかし、その成長した木々を間伐し、活用することはまだまだ事業化されてはいないよ
うに思っています。
これは、産業として位置づけられないと、事業化できないのではないかとも考えます。


そこで私は、突飛な妄想とも思えるようなことを考えています。


全国の青少年教育施設が、建設後50年余りを経て老朽化し、建て替えなくてはいけな
い時期に差し掛かっています。
しかし、行政の予算がない中で、廃止や、老朽化したままの危険な状況での運営を余儀
なくされています。
その施設を、この間伐材や、地域の林産材を活用して、子どもたちと一緒に建て替える
といプロジェクトです。
建築基準法、消防法、建築費、等々…それはそれはたくさんのハードルがあることは承
知しているつもりです。
それでも「やってみたい!」
最も大きな、妄想であります。
そして、それぐらい大きなことをして、国産材を使うことを考えないと、林業が仕事と
して再興したり、持続可能な社会になっていくことは難しいのではないでしょうか。


そんな大きなこととは逆に、身近ですぐに実現できそうな妄想も、ふたつあります。
学校の自然教室や、移動教室の2泊3日を丸々かけて、『自分の椅子を作る』ようなプ
ログラムがあってもいいのではないでしょうか?
自然学校の事業で、各家庭オリジナルの『ダイニングテーブルを作る』ようなファミリ
ーキャンプがあっても面白いのではないでしょうか?


そんな風に、木を使うことを身近にしていくことで、国民がもっと木に囲まれた生活を
良しとする価値観を持ってもらうようにしたいと思います。
それは、プラスチック製品を使うよりも、少しだけ、お金のかかる生活になるかもしれ
ません。
しかし、ブランド品を買ったり、使い捨ての暮らしを見直せば、それほど高価なもので
はないと思います。

私が今原稿を書いているこの机は、結婚の時に手に入れ、八ヶ岳に引っ越すときに酒井
産業さんにお願いして、修理し、拭き漆をかけていただきました。


このように、修理をしたりして、大切に使い続けるのです。その間に、その木を切り出
した山にまた木が育つ。まさに持続可能な社会になるのではないでしょうか。


その思いに共鳴してくださった、酒井産業さんとは、これからも、よいビジネスパート
ナーとしてお付き合いさせていただきたいと思っています。

 

今まで通り、月4回のコラムをここで書かせていただきます。
1,8,15,22日の更新です。
コメントなども、ぜひ遠慮なくお寄せください。
また、バックナンバーをご覧になる場合は、こちらへ。
https://michikusashinagara.blogspot.com/
それ以前の分に関しましては、こちらになります。
http://www.itscom.net/contents/maegumi/contents/sakurai/
ただし、こちらに関しましては、東急ケーブルテレビさんが閉鎖するまでとなります。
いつ閉鎖するかは、現在のところ未定です。


それでは皆さん、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。