生ごみの行方

今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳2018年11月号に掲載した雑記帳の再掲載です。

ただし、2019年4月16日に加筆修正しました。

 

 

八ヶ岳で暮らしていると、川崎で暮らすよりも、ゴミの量はずっと少ないです。

でも、生ゴミはたくさん出ます。

畑から採ってきた野菜の切れ端や皮です。

その生ごみはコンポストに捨てます。

このコンポスト、結構、長持ちします。もうかれこれ1年近く同じ場所で、生ゴミを捨てていますが、まだまだ捨てることができます。

 

一方川崎でも、バケツ型コンポストを使っています。

先日、そのバケツがいっぱいになったので、八ヶ岳に運び込んでコンポストに移したのですが、なぜか、ものすごく臭いのです。

コンポストに捨てていた生ゴミはそんな臭くはなかったのですが、バケツコンポストはすごい匂いでした。

コンポストは、地面に穴を掘りますのでどんどん土になっていくからでしょうか?

都会で、生ゴミを堆肥化するのは難しいことだなと、思いました。

 

以前こんな新聞記事がありました。

 

私たちは、臭くなるごみをビニール袋に入れ、ごみ集積場に出します。

そこから先は、私たちは、どうなるか知りません。

生ごみはできるだけ水を切った方が軽くなります。水を切って重さを軽減することで、収集する人はどれだけ楽でしょうか。

そして、乾燥していた方が、焼却するときのエネルギーも軽減することができるのです。

しかし、そのごみの軽減化を実践している人がどれだけいるでしょうか?

ごみを集める人は大変な苦労をして、ごみを集めてくれています。

しかし、ごみのその先のことは、収集をする人もあまり詳しくは知らないでしょう。

焼却され、その灰は最終処分場に運ばれ埋め立てられるのでしょう。

生ごみを、コンポストに入れておくと、そこに虫が発生して、生ごみを土に返していく過程を知ることができます。

都会では、においが発生したりすると、難しいことが多いかもしれません。

しかし、できるだけ、自分自身の暮らしがちゃんと見える生活をした方がいいのではないでしょうか?

 

東京大学入学式の祝辞

東京大学の入学式で名誉教授の上野千鶴子さんがされた祝辞を読みました。

ニュースにもなっていたので、気づかれた方も多いでしょう。

感激しました。

是非、お読みください。

 

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

 

私が感激したのは、

あなたたちは努力が報われてきた。それは、周りの環境があなたの努力を認め後押ししてくれたからだということと、その努力が報われない人たちがいるということを知ってほしい。

そして、その報われてきた頑張りを自分のために使うのではなく、報われない人たちを助けるために使ってほしいというメッセージでした。

 

感激しました。

今、最高学府である大学で学ぶ人たちの、すべてに聞いてほしいと思うスピーチですね。

いえ、日本の教育に携わる人たち、リーダーと呼ばれる人、指導者と呼ばれる人たちに、聞いてほしいメッセージだと思います。

 

今、自分と違う人を貶め、それも、同じ人たちで徒党を組んで貶めることのなんと多いことでしょうか。子どもの世界で『いじめ』といわれるものがその卑近な例でしょう。

時として、政党と呼ばれるものも、そんな様相を垣間見るような気がすることがあります。

マスコミにも気を付けてもらいたいと思います。

 

私たちは、そんな報われない子どもたちの努力を、頑張りの背中を押し、励まし続け、やり遂げたことを評価してあげる。それが、人と違うことへの頑張りでもです。そして、その努力が、周囲の人たちが貶めようとするときには、身をもって立ちはだかり、評価し続けてあげられる教育者でいたいと思います。

 

私たちのしている、自然体験活動というのは、そのように、ありとあらゆる興味を肯定してあげることができる場だと思っています。

そしてその興味に向かう時間を取ってあげる場でありたいとも思います。

 

学校が実施する自然教室や移動教室は、この興味を持つことや、その興味に向かう時間を取ることが難しい状況です。

自然の中での体験教室でありながら、授業の一環としての時間割を先生は組もうとしてしまうからです。

 

他方、私たちの自然学校は、そのような縛りはないはずです。

もっと子どもの興味を、十分に受け入れ、時間を十分に用意してあげられるはずです。

 

しかしそこには経済との板挟みがあります。だからといって、志を曲げたくはありません。

数多くの子どもを集め、時間割通りに進むことが『いい事業』ではなく、子どもの興味を受け入れ、時間をとれる程度の人数での開催を考えなくてはいけないでしょう。

それは、金額が高くなるということでもあります。

しかし、本当にそのような体験をさせてあげなくてはいけない子どもたちは、高額の参加費が払えない子どもたちに多くいるように思います。

 

私たちは、報われない子どもたちに、もっと真剣に、寄り添うことに立ち向かわなくてはいけないとつくづく思うのです。

その方法を、もっと、いろいろな方々と話し合い、チャレンジしていかなくてはいけない時が来ていると思うのです。

是非皆さん、知恵をお貸しください。

 

サマータイム

今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳2018年10月号に掲載した雑記帳の再掲載です。

ただし、2019年4月7日に加筆修正しました。

 

 

八ヶ岳での暮らしのリズムは、朝5時に起きて、朝ご飯を食べ、625分から始まるテレビ体操をして、散歩に出かけます。

しかし、これは夏の暮らし。

最近は、5時に目を覚ましても真っ暗になってしまいました。

9月は夏の日の出から冬の日の出に移行する月という感じです。

というわけで、10月からは6時に起きる冬の生活リズムになります。

6時に起きると、うがいをしたりして、25分のテレビ体操から1日が始まります。

そして朝食です。

寒くもなりますから、朝の散歩も少し遅くなった方がいいわけです。

これが、自然のリズムで暮らす、自然なサマータイムなのでしょうね。

夏、早く起きた分、早く寝るかというと、そうでもありません。

そうすると、長く起きているということになりますが、昼間暑いので、昼寝の時間が長くなります。スペインのシエスタみたいなものでしょうか?

昨今の夏の日差しは、午後の2時ごろはとても外で何かしようとは思えないほど強い日差しです。

すなわち、冬よりも1時間早く起きる分、昼間1時間余分にお休みするのです。

ですから、夜は同じ時間に寝ればいいのです。

仕事終わりの時間も同じです。

夏は、まだ明るいうちに仕事を終えることになりますが、暑さの中での仕事をしているときは、それぐらいに上がった方が、安全です。あまり頑張ると、熱中症の危険があります。

自然のリズムに沿った暮らし方をしていると、自然にサマータイムになるのですね。

大都会では、蛍光灯とエアコンの中で暮らしているので、サマータイムの必要はないのでしょう。

そんな大都会で、太陽の熱と闘わなくてはいけないスポーツの祭典「オリンピック」を行うのですから大変ですね。

大都会の生活者が時間を変えるのではなく、オリンピックのスタート時間を早めればいいことだと思うのですよね?

よくわからないサマータイム導入議論です。

オリンピックを見たい人は早起きすればいいのでしょう?

 

発達障害って?

少し思い出話を…

私は小学校の2年生の時に、ボーイスカウトに入隊しました。当時は、カブスカウトです。

そしてボーイスカウト活動を続けた結果、野外活動のプロとなってしまいました。

あまり記憶が定かではないのですが、友達が着る、カブスカウトの青いユニフォームにあこがれて入ったのだと思います。その友達の家は、街の本屋さん。裏に、その友人の祖父母が豆腐屋をやっていて、朝、彼を迎えに行くと、油揚げにお醤油をかけてもらって、食べたように思います。

そして、その数軒隣の洋品屋の息子もカブスカウトでした。

その頃の私の家は、近くのアパート住まいでした。

 

その友達の一人に、今考えると、発達障害だったのだろうなという友達がいました。

電車の音まねがすごくうまかったのです。その音まねをしながら、電車の絵をかいていました。すごい精緻な絵でした。

でも、ロープワークなどはなかなか覚えられなかったと思います。

あるとき、宿泊をした時、何を怒ったのか、窓から、みんなのリュックサックを投げ落としたという思い出もあります。

でも、何となく、みんなちゃんと友達付き合いをしていたし、電車に乗った時など彼の解説を尊敬のまなざしで聞いていたように思います。

こんな友達も、当時は何となくちゃんと受け入れて一緒に活動していたのですね。

リーダーの方は苦労されていたのかもしれませんが、私たちは何も考えず、屈託なく楽しんでいました。

 

どうして、そんな風にみんなで仲良くできていたのか。

いろいろな生活階層の人が町の中で、みんな一緒に暮らしていたのですね。

そしてそこに、境界線はありませんでしたし、発達障害と健常との境界もなかったように思います。みんな子どもだったのですね。

本当にその境目はないでしょう。どちらなのだろうという子どもも最近はたくさんいるように思います。(それは私に知識がついたからかもしれません)

もし境界線を引いたとしても、きっとその境界線上にも子どもはいるのです。だから境界線は引けないのです。

 

今、発達障害といわれる人が、会社の中でうまくやっていけないという話を聞きます。

そうでない、少し他の人とよりはおっとりしているかなという程度の人も、暮らしづらいという話も聞きます。

それは、みんなを均質化して、同じ質の人が同じ成果を上げていくという街づくりの中にあるからなのではないでしょうか。そんな街づくりに必要な人間を教育は育てようとするから、子どもも同じ質に育てていこうという風になってしまっているのではないでしょうか。

その同質のグループの中にいない子は、発達障害といわれたり、いじめの対象になったりするのではないでしょうか。

 

今、地方に暮らして思うのは、私が子どもだった頃と同じように、大きな家の隣には小さな平屋の家もあります。農家もいれば、工場では宅人も、商売やの人もいます。しかしその人たちはみな同じようにお付き合いをして、暮らしを支えあっています。

 

発達障害の子どもたちが暮らしやすい街づくりを考えないと、そこで暮らす人づくりの教育もうまくいかないのかもしれません。

いいえ、教育が変われば、そこで育てられた人が街を変えていくということになるのかもしれません。

鶏が先か、卵が先かの理論になってしまいますね。

どちらも一緒にするしかないのかもしれません。

 

教育が、教育の世界の中で子どもを育てるのではなく、地域の中で、街の中で、育てながら、その子どもを育てるための街づくりを大人が考えていかなくてはいけない時代なのかもしれません。現に「社会全体での子育て」などといわれます。

思うのは、地域で子どもを育てるということは、子どもに大人の『今』を押し付けるのではなく、子どもが育つために、大人が、街が、いかに沿うて行ったらいいか、変わるといいかを考えることなのだと思っています。

『いつまで働くかを決心する材料』

今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳2018年9月号に掲載した雑記帳の再掲載です。

ただし、2019年3月31日に加筆修正しました。

 

この夏、私は八ヶ岳の家で過ごせる時間が多かったです。

60歳を過ぎてリタイアするというのは、現代の世の中的に見れば『贅沢』ということになるのでしょうか?

皆さんは、いつまで働く予定ですか?

現政権は高齢者の定義を変えて、70歳まで働く仕組みを作ろうとしているようです。

そして多くの人々は、食べていくためには働かなくてはならないから、それでいいじゃないか、と思うのでしょうか?

食べていくため?

この食べていくためというのは、どういうことなのでしょうか?

食べるものを、手に入れるためにはお金がかかる。

着る物を手に入れるにもお金がかかる。

住むところを手に入れるにもお金がかかる。

すなわち、生きていくためには、お金を稼がなくてはいけないということですね。

しかし、それらのものを手に入れるためには、本当にお金がかかるのでしょうか?

そのかかるお金を少し減らして、自分で作り出せるのではないでしょうか?

 

スイカを買うと、1,000円くらいでしょうか。スイカの種は一袋300円で何十粒もあります。一粒のスイカの種で何個ものスイカが取れます。まあ、育たない種もあるので、1個300円と考えましょう。3分の1ですね。

もっと言うと、私の家ではこの夏スイカ作らなかったのですが、たくさん採れたジャガイモをお裾分けして、ご近所から、たくさんのスイカを頂戴しました。

先日、作業用のズボンの膝が破けました。あて布をして、堂々と履いています。

このズボンの寿命は、きっと倍ほども伸びるでしょう。すなわち、かかるお金は2分の1です。

お金で買うものを、自分でなんとかすることができるようになると、お金がかからなくて、楽しい生活ができるように思います。

子どものうちに、こうして、いろいろと自分でできる力を身につけさせて上げられたらいいなと思っています。それが生きる力なのではないでしょうか。

『生きる力とは、何にもかもを、お金に頼らなくても生きていける人になること』と定義しても面白いかもしれませんね。